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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)9474号 判決 1975年3月20日

原告 田中鉄筋株式会社

右代表者代表取締役 田中吉太郎

右訴訟代理人弁護士 佐々木茂

同 福田力之助

被告 石川喜代八

右訴訟代理人弁護士 梶山公勇

主文

一  被告は原告に対し別紙物件目録記載の建物を明渡し、かつ金二〇万七〇〇〇円及び昭和四七年六月一日より右建物明渡ずみに至るまで一か月金三万円の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一  原告は、鉄筋加工組立の請負、建築資材の販売等を行なう目的で昭和三八年一二月一八日設立された株式会社であり、被告は昭和四三年五月原告の代表取締役に就任したものであること、原告は昭和四六年八月末ごろ四三八万九〇〇〇円をかけて原告肩書地に本件建物を建築し、それ以来これを所有していること、被告は同年九月一日から右建物に居住し、これを占有していること、原告は同年九月一日被告との間で、期間は五年、賃料は一か月二万三〇〇〇円と定めて本件建物を被告に賃貸する旨約したが、その当時被告は原告の代表取締役の地位にあったことはいずれも当事者間に争いがない。

右争いのない事実によると、原・被告間の本件賃貸借契約の締結は、株式会社の取締役が自己のために会社と取引をなす場合に該当するところ、かかる契約の締結について会社と取締役間における利害衝突のおそれあることを一般的に否定することのできないことは右契約の性質上明らかであるから、被告が右契約を締結するについては、商法二六五条の定めるところに従い原告の取締役会の承認を受けることを要するが、被告が取締役会の承認を受けていないことは当事者間に争いがない。

この点につき、被告は、当時原告の取締役田中吉太郎と相談するほかは被告が原告の経営をまかされており、原告の設立以来取締役会を開催したこともなかった実情からいって、本件賃貸借契約についても右田中吉太郎の承認を得、他の取締役からは遅滞なく異議を述べられていない以上、黙示の承認があったものというべきであるとし、また、昭和四七年八月二一日開催された原告の株主総会において右契約につき承認を受けたから右契約は有効であるとも主張する。

しかし、株式会社の取締役が財産の譲渡・譲受、金銭の借受等自己または第三者のために会社と取引をなすに当っては、右取引が会社と当該取締役間に利害の衝突を生ぜしめるおそれのない性質のものでない限り、取締役がその権限を濫用し、自己等の利益を図るとともに会社財産に損害を与えることを防止するため、当該取締役は常に適式な開催の手続を経た会議体である取締役会において、当該取締役を除いた出席取締役の過半数をもってなされた承認を得ることを要し、右承認のない会社と取締役間の取引行為は、取締役会の追認がある場合を除いては無効であるとするのが法の趣旨とするところであると解するのが相当である。このことは、会社と取引行為を行なおうとしている取締役が会社の経営を他の全取締役から一任され、会社の取締役会を開催したことがないような場合についても同様であるといわなければならない。けだし、商法二六五条の定める制限は、取締役が会社の業務執行者としての立場において受ける制限というよりも、取締役が会社の局外者として会社と取引関係を持とうとする立場において受ける制限と解すべきだからであり、実際上も、右のような事情のもとでは、業務を一任された取締役と会社との間の取引において当該取締役が私利を図り会社が損失を蒙る虞れが一層強いからである。そして、取締役会が開催されれば承認を受けうることが確実である場合でも、右取引によって会社が損失を受けることのあることに備え、適式な取締役会の承認を得させ、決議内容と責任の所在を明確にしておくことが、会社の財産上の利益保護の観点から、法律上必要とされるところというべきである。

従って、被告が原告の経営について他の取締役から一任され、原告の設立以来本件賃貸借契約締結当時まで取締役会が開催されたことがないとしても、そのことから直ちに、原・被告間の本件賃貸借契約について、商法二六五条の規定にかかわらず、同条所定の取締役会の承認を要しないものとはなしえないし、被告が一部の取締役の承認を受け、他の取締役から遅滞なく異議の申出がなされた事実がなかったことをもって取締役会の承認があった場合と同視しうるものと解することもできない。

また、右契約につき原告の株主総会において事後的に承認を受けたとしても、会社と取締役間の取引行為の承認は取締役会の専決事項として法の定めるところであるから、定款において右承認をなすべきことを株主総会の権限事項と定めているなどの特別の事情の主張・立証のない本件では、株主総会の事後的な承認決議をもって、右契約に対し適式な追認があったとしてこれを有効であると認めることもできない。

これを要するに、原・被告間の本件賃貸借契約は商法二六五条所定の取引に該当し、原告の取締役会の承認を要すべきところ、被告が右承認を得ていないことは当事者間に争いがないにもかかわらず右契約を有効であるとすべき事由はこれを認めることができないので、本件賃貸借契約は無効というほかはなく、被告は、他に占有権原についての主張はしないので、結局、権原なくして本件建物を占有するものといわなければならない。

二  そこで原告の損害金請求について検討するに、被告が本件建物を昭和四六年九月一日から占有していることは前記のとおり当事者間に争いがない。

そして、右占有開始時に締結された本件賃貸借契約における賃料の定めが一か月二万三〇〇〇円であったことについては当事者間に争いがなく、また昭和四七年六月分からはこれを一か月三万円に値上げしたと被告自ら主張していることに徴すると、右各時期における相当賃料額が右各金額を下回ることのないことはこれを推認するに難くない。しかし、原告は、被告の占有開始時以降における相当賃料額をもって一か月一二万円であると主張し、原告代表者尋問の結果中にはこれにそう部分があるけれども、右供述自体あいまいなものであってにわかに採用しがたく、他に本件建物の相当賃料額算定の根拠となる的確な証拠はないので、本件建物の相当賃料額が右に推認した額を超えるものと認めることはできないところといわざるをえない。

三  以上の次第で、原告の本訴請求中、建物の明渡を求める部分は理由があり、また損害金の請求は、昭和四六年九月一日から同四七年五月三一日までの間については一か月二万三〇〇〇円(合計二〇万七〇〇〇円)、同年六月一日から建物明渡ずみまでの間については一か月三万円の各割合による金員の支払を求める限度で理由があるので、それぞれ認容し、損害金の請求中その余の部分は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書を適用し、なお仮執行宣言の申立については相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 横山長 裁判官 大出晃之 裁判官磯尾正は当裁判所裁判官の職務代行を解かれたため署名捺印することができない。裁判長裁判官 横山長)

<以下省略>

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